<はちすの露〜貞心尼〜>
〜天保むつの五月ついたちの日に 貞心しるす〜



”梅の花おいが心を慰めよ 昔の友は今はあらなくに”


長岡藩士奥村五兵衛(五代)の娘。
寛政十年〜明治五年(1798〜1872)幼名マス。
二十三歳の時剃髪し、番神の尼寺に入り
心龍・眠龍の姉妹尼と生活。
後、柏崎洞雲寺の秦禅和尚に就き得度
柏崎釈迦堂の庵主となる。
嘉永四年柏崎大災により不求庵に移る。
三十歳の時、良寛(七十歳)と出会い
数々の唱和の歌を残す。
良寛没後、三十八歳の時に「蓮の露」を残し
後、自家集「もしほぐさ」を残す。




師常に手毬をもて遊び玉ふとききて奉るとて
”これぞこの仏の道に遊びつつ つくや尽きせぬみのりなるらむ”

御かへし
”つきて見よひふみよいむなここのとを 十とをさめてまた始まるを”

はじめてあひ見奉りて
”君にかくあひ見ることのうれしさも まだ覚めやらぬ夢かとぞ思ふ”

御かへし
”夢の世にかつまどろみて夢をまた 語るも夢もそれがまにまに”

いとねもごろなる道の物がたりに夜もふけぬれば
”白妙の衣で寒し秋の夜の 月中空に澄み渡るかも”

されどなほあかぬここちして
”向ひゐて千代も八千代も見てしがな 空ゆく月のこと問わずとも”

御かへし
”心だに変はらざりせば這う蔦の 絶えず向かはむ千代も八千代も

いざかへりなんとて
”立ち返りまたもとひこむたまぼこの 道の芝草辿り辿りに”

御かへし
”またも来よ柴の庵を嫌はずば 薄尾花の露を分けわけ”

ほどへてみせうそこ給はりけるなかに
”君や忘る道や隠るるこの頃は 待てど暮らせどおとづれのなき”

御かへし奉るとて
”ことしげきむぐらの庵に閉じられて 身をば心にまかせざりけり”
”山の端の月はさやかに照らせども まだ晴れやらぬ峰の薄雲”

御かへし
”身を捨てて世を救う人もますものを 草の庵に暇もとむとは”
”久方の月の光の清ければ 照らしぬきけり唐も大和も”
むかしもいまも うそもまことも
”晴れやらぬ峰の薄雲立ち去りて のちの光と思はずや君”

はるのはじめつかたせうそこたてまつるとて
”自ずから冬の日数の暮れゆけば 待つともなきに春は来にけり”
”我も人も嘘も誠も隔てなく 照らしぬきける月のさやけさ”
”覚めぬれば闇も光もなかりけり 夢路を照らす有明の月”

御かへし
”天が下に満る玉より黄金より 春のはじめの君がおとずれ”
”手に触るものこそなけれ法の道 それがさながらそれにありせば”

御かへし
”春風に深山の雪は解けぬれど 岩間に淀む谷川の水”

御かへし
”深山べのみ雪解けなば谷川に 淀める水はあらじとぞ思ふ”

御かへし
”何処より春はこしぞと尋ぬれど 答えぬ花に鶯の啼く”
”君なくば千たび百たび数ふとも 十づつ十を百としらじを”

御かへし
”いざさらば我も止みなむここの毬 十づつ十を百としりなば”

いざさらばかへらむといふに
”霊山の釈迦の御前に契りてし ことな忘れそ世はへだつとも”

御かへし
”霊山の釈迦の御前に契りてし ことは忘れじ世はへだつとも”

声韻の事を語り給ひて
”かりそめのこととなもひそその言葉 言の葉のみと思ほゆな君”

御いとま申すとて
”いざさらばさきくてませよ時鳥 しばなく頃はまたも来て見ん”

”浮雲の身にしありせば時鳥 しばなく頃はいづこに待たむ”
”秋萩の花咲く頃は来て見ませ 命またくば共にかざさむ”

されど其ほどをまたず叉とひ奉りて
”秋萩の花咲く頃を待ちとをみ 夏草分けてまたも来にけり”

御かへし
”秋萩の咲くをとをみと夏草の 露を分けわけとひし君はも”

あるなつの頃、まうでけるに
何ちへか出給ひけん、見え玉わず。
ただ花がめに、はちすのさしたるが
いとにほひて有ければ
”来て見れば人こそ見えね庵守りて 匂ふ蓮の花の尊さ



御かへし
”みあへするものこそなけれ小瓶なる 蓮の花を見つつ偲ばせ”

御はらからなる由之翁のもとよりしとね奉るとて
”極楽の蓮の花の花びらに よそひてみませ麻手小襖”

御かへし
”極楽の蓮の花の花びらを われに供養す君が神通”
”いざさらば蓮の上にうち乗らむ よしやかわづと人は見るとも”



五韻を
”くさぐさの綾をりいだす四十八文字 声と響きをたてのきにして”

たらちをの書給ひし物を御覧じて
”みずぐきのあとも泪に霞けり ありし昔のことをおもえば”

民の子のたがやさむといふ木にて
いとたくみにきざみたるものを見せ奉りければ
”鉄刀木いろもはだへもたへなれど たがやさんより耕やさんには”

ある時、与板の里へわたらせ玉ふとて
友どちのもとよりしらせたりければ
いそぎまうでけるに
明日ははやことかたへわたり玉ふよし
人々名残惜しみて、物語り聞えかはしつ
打ちとけて遊びけるが中に
きみはいろくろく衣もくろければ
今よりからすとこそまをさめと言ければ
げによく我にはふさひたる名にこそ
と打わらひ玉ひながら
”何処へも発ちてをゆかむ明日よりは カラスてふ名を人の付くれば”

とのたまひければ
”山ガラス里にいゆかば子ガラスも 誘ひてゆけ羽弱くとも”

御かへし
”誘ひてゆかばゆかめど人の見て 怪しめ見らばいかにしてまし”

御かへし
”鳶は鳶雀は雀鷺は鷺 カラスとカラスなにか怪しき”

日も暮れぬれば、宿りにかへり叉あすこそとはめ、とて
”いざさらば我は帰らむ君はここに いやすくい寝よ早明日にせむ”

あくる日はとくとひ来玉ひければ
”歌や詠まむ手毬やつかん野にや出む 君がまにまになして遊ばむ”

御かへし
”歌や詠まむ手毬やつかむ野にや出む 心一つを定めかねつも”

秋は必ずおのが庵りをとぶらふべしとちぎり給ひしが
ここちれいならねば、しばしためらひてなど御せうそこ玉はり
”秋萩の花の盛りも過ぎにけり 契りしこともまだとけなくに”

その後はとかく御ここちさはやぎ玉はず
冬になりては、ただ御庵りにのみこもらせ給ひて
人にたいめもむずかしとて
うちより戸ぢてかためてものし給へるよし
人の語りければ、せうそこ奉るとて
”そのままになほ耐へしのべいまさらに しばしの夢を厭ふなよ君”

と申しつかはしければ、其後給はりけること葉はなくて
”梓弓春になるなば草の庵を とく出てきませ会いたきものを”

かくて、しはすのすゑつかた、俄におもらせたまふよし
人のもとより知らせたりければ、打おどろきて
いそぎまうでて見奉るに
さのみなやましき御気しきにもあらず
床の上に坐しゐたまへるが
おのが参りしを、うれしとやおもほしけむ
”いついつと待ちにし人は来たりけり 今はあひ見て何か思はむ”
”武蔵野の草葉の露の永らひて ながらひはつる身にしあらねば”

かかれば、昼夜御かたはらに有て
御ありさま見奉りぬるに
ただ日にそへてよわりによわりゆき玉ひぬれば、いかにせん
とてもかくても遠からずかくれさせ給ふらめと思ふに
いとかなしうて
”生き死にの界離れて住む身にも さらぬ別れのあるぞ悲しき”

御かへし
”うらを見せ おもてを見せて 散る紅葉”

こは御みづからのにはあらねど
時にとりあひのたまふ
いといとたふとし
口ずさみ玉ふほつ句のおぼえたるを
”おちつけば ここもろ山の 夜の雨”
”風れいや 竹をさること 二三尺”
”人は皆 ねぶたき時の ぎやうぎやうし”
”青みたる 中にこぶしの 花ざかり”
”雨の降る 日はあはれなり 良寛坊”
”我恋は ふくべでどぢゃう おすごとし”
”新池や かはづとびこむ 音もなし”

どくろうのかた書て
来ては打ゆきてはたたく夜もすがら
くるに似てかへるに似たりおきつなみ

かく申たりければ、とりあひず
”あきらかりけり君が言の葉”

天保二卯年正月六日遷化よはひ七十四
貞心尼


此草子何とか名づけ給ひてよと
静里うしのもとへつかわしけるに、かく南。
つれづれと見侍るに
禅師のみとくは世に知るところなれば
さらにもいはず、ことの葉の道にさへ
折にふれ事にあひて
心のままによみし玉ふうたのさま
たけたかくこと葉素直にして
さながら古しへの調べにことならず。
打ずしぬれば、おのづから心涼しくして
今の世のきはには有がたくおぼえ侍るままに
いとかしこきわざながら
はちすの露ともいはまほしとてなむ。



”これをこそま事の玉と見るべけれ つらぬきとめし蓮葉(はちすは)の露”
静里誌




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