< 久 米 の 祭 と 囃 子 >



「はじめに」

久米には、先代から伝えられている
「寿々木流」と云う所沢市内では珍しい流派の囃子があります。
寿々木流は、所沢市内にひろく演じられている「重松流」に比べ
撥数が少なく落ちついたテンポで叩かれます。
囃子は横笛(七孔)、大太鼓(通称おおかん)
締め太鼓(通称つけ)一組、鉦(通称すりがね)、拍子木
の鳴り物で演じられますが
寿々木流は他の囃子に比べ難しいと云われています。
寿々木流は山車囃子というより、居囃子むきといわれています。
これは山車の上では演じ難い劇(芝居)がたくさんあり
他踊りも高度なものが含まれております。
例えば獅子舞にしても
肩と頬で逆立ちをして(両手は使わずに逆立ちをし両手で獅子を踊らせる)
自分の足を獅子が咬むという様なものまである為です。
囃子を叩くには笛がリードしますが
これは他の囃子と同じであります。



「由 来」

明治の初期
清水(現在の東京都東大和市)の半次さんと云う人が
東京の高円寺の或る家に奉公しておりました。
そのころ高円寺では
さかんに囃子が演じられておりましたので
半次さんはこれを習い
其の技術を郷土清水に持ち帰って参りました。
これを聞いた久米の下田佐太郎氏が半次さんにお願いして
久米に伝えたと云われています。
この為久米の囃子を別名「高円寺流」とも云います。
これとは別に久米の内出奥太郎氏が野口村(東村山市)に奉公していて
ここで覚えた踊りも久米の囃子に取り入れられていると云われております。
内出奥太郎氏は天才的な才能の持ち主で
後に踊りの名人と云われました。



「囃子で演じられた主な劇」

久米の囃子は現在では踊りのみが受け継がれておりますが
昔は次の様な劇がさかんに演じられたと云われています。

一、岩見重太郎
赤星主膳(あかぼししゅぜん)は悪人の浪人であります。
道場主が病気であるところに目をつけ
主膳が道場やぶりを致します。
道場の主席が相手をしますが、破られてしまいます。
一方大金持ちの家に裕福に育ったのんびりやの
番頭と岩見重太郎が住んでおりましたが
番頭は弱くて問題になりません。
そこで岩見重太郎は番頭が止めるのも聞かず敵討ちに出かけます。
苦労の末、赤星主膳を討ち
メデタシ メデタシ

二、悪七兵衛景清(あくしちひょうえかげきよ)
戦で悪七兵方が負け牢に入れられてしまいます。
此の牢の牢番が意地が悪く
日ごと悪七兵衛を苛めぬきます。
我慢に我慢をしていた悪七兵衛も
ついに堪忍袋の緒が切れ、或る夜労破りをし
労番と戦い最後に労番の首を引っこ抜いてしまいます。

三、鮒付の劇
恵比寿様が釣りが好きな事はご存じの通りですが
何時もの様に釣りに出かけます。
ところが今日の獲物は大きくて、なかなかあがりません。
苦心の末釣上げたのは何とカッパであった。
恵比寿様は驚いて大騒ぎをします。

四、玉取姫
奴(口の曲がった馬鹿面)と友人の玉取姫が
玉の取り合いをしながら踊ります。
内容が滑稽で人気があり
よく上演されたものの一つです。
此の玉取姫の面は昭和の初期に紛失し
其の後はオカメの面を代用して演じられたそうです。

五、判 官
判官は偉人の子ですが
悪人に祈られて手足の自由を失ってしまいます。
そこで判官は家来と共に神に祈り
幸いにやがて手足の自由を取り戻します。
元気になった判官は家来を引き連れて戦い
悪人をほろぼして、メデタシ メデタシ

六、天の岩戸
里神楽で演じられているものと同様なもので
囃子風にアレンジしたもの。

七、狐釣り
馬鹿面が二人(奴と火男)で狐釣り(罠で狐を捕る)に出かけます。
ところが狐が先に馬鹿面を見つけてしまい
二人は化かされてしまいます。
化かされた二人は狐の思うままの仕草をし
とんでも無い事までさせられてしまいます。
狐が去り、化かされたのがさめると二人は
”ヤラレタ”と云う事で頭をかきかき舞台から去ります。
まだ他にあったと思いますが
調査して知り得たものは以上であります。

これ等の劇が演じられたのは其のほとんどが
明治末期までで一部大正初期まで演じられ
八幡神社の拝殿を舞台に宵宮等
夜遅くまで上演したので
当時の子供達は拝殿で一泊したり
それが一生懐かしい想い出になったともいわれています。



「久米の囃子の継承」

囃子には音譜がありません。
およそ、音楽に楽譜が無いものは無いと思います。
古典音楽の雅楽でさえ、立派な楽譜がありますが
囃子は師匠から耳で聞き、そして目で見て覚え
身に付け、そして後世に伝えます。
従って誰かが間違って伝えれば、其の様になりますし
また誰かが一部忘れたまま教えますと、其の部分は復活致しません。
囃子連の一人ひとりが大切な役割と責任を負っているわけです。



「面について」

囃子の踊りや劇は、必ず面を付けます。
其の代表はなんと云っても「オカメ」と「ヒョットコ」であろう。
「オカメ」は昔の美人(辞典ではお多福)を
型取ったと云う言い伝えがありますが
美人と云うより女性の心を面にあらわした様に思われます。
ふくよかな頬、笑いを忘れない目
いづれも女性にこうあって欲しいという願いがあらわれています。
身分は下女と思われます。「阿亀」と書きます。
「ヒョットコ」は「火男」と書きます。
朝早く起きて、かまどの火をおこす為に口をとがらせて
火を吹く姿をあらわしています。
身分は勿論下男です。
また一名潮吹きとも云います。
海の潮水を吹き飛ばして新しい国をつくった神様と云われています。
人口の少なかった昔でも、日本の国は狭かったように思われます。
獅子も囃子では代表的なものです。
日本には存在しない百獣の王ライオンが
昔の芸能に何時頃から取り入れられたか私にはわかりませんが
強くありたい、強く生きたいと云う人間の願いが
こめられている様に思います。
其の外、動物では、「狐」「狸」があります。
写真でもわかる様に狐は悪賢こく、狸はやさしく見えます。
一説に「狐」は自からも化け、人も化かすが
「狸」は自から化けるが、人は化かさない等といわれています。
其の為か面にも、其の相があらわれています。
踊りも狐は厳しく踊りますが
狸は何となく人(狸?)がよさそうな踊りです。
「奴」(やっこ)は「火男」ろならんで囃子の代表で
「馬鹿面」の愛称で親しまれています。
「外道面」の外道とは、辞典によると
@仏教以外の教えを仏教から見た称
A悪魔と同様に人間に災害を与える犬神の総称
B邪悪の相をした仮面、等とありますが
久米の囃子では神様の用心棒的な役割をはたしています。
此の面も大正末期頃紛失して今ではありません。
「三番叟」は能楽や、歌舞伎舞踊にも出て参りますが
概して踊りの始めの役割をつとめます。
其の他「顎(アゴ)切り」、「翁(オキナ)」、「恵比寿(エビス)」
「牛太面(ギュウタメン)」、「赤星主膳」「判官」「藤助」等の面がありますが
最近「藤助」及「奴」の面を紛失しました。
盆踊り等で貸出した際、紛失したものと思われます。
「藤助」の特徴は眉毛が太く、鼻から毛がはえ
人のよさそうなおじいさんと云う感じの面です。
「奴」は目玉が大きく、舌を出して口の曲がった馬鹿面です。
失ったこれらの面、心当たりの方は訓えて頂ければ幸いです。
昔の子供は囃子の面についてほとんど正しく知っていましたが
最近は祭りも少なくなり、知らない子供が多くなりました。
狐の面を見て「犬」と云ったり、「狸」の面を見て「熊」と云ったり
時代の流れを感じさせられますが、さびしくもあります。



「曲のついて」

一、鎌 倉
優雅な曲です。
静かな曲で笛の美しさは、他の追従をゆるしません。
太鼓も他の曲と違い大太鼓が主役を勤めます。

二、国がため
囃子の曲はにぎやかで
テンポの早いものが普通ですが
前記、「鎌倉」は静かな曲ですので
急にテンポの早い曲に替えますと、不自然に聞こえます。
其の役割をつとめるのが此の曲です。
したがって、曲も最初は静かで
だんだんに急テンポに替わって参ります。
其の為他の曲と違い繰り返し叩くのではなく
次の曲へ移って参ります。

三、しちょうめ
後述の「にんば」に似た曲ですが
アクセントが強いのが特徴です。

四、屋台
囃子の代表とも云える曲です。
囃子の中で最も難しい曲で
寒稽古等で技をみがくのは此の曲です。
重松流では此の曲を単に「はやし」と云っています。
曲の中には「きざみ」(重松流では「からみ」)
「かわちがい」(重松流では「中のきり」等があり
曲の中身が複雑で此の曲を身に付けるにはそうとうの期間が必要です。
此の曲が身につかないうちは、囃子が一人前とは云えません。

五、にんば
最も一般に知られた曲です。
寿々木流では
”スッテケ テンスク ステスク テンスク”
と叩き
重松流では
”テケテンツクステツクテンツクツ”
と軽やかなテンポで叩かれ
昔の人は、此の曲を聞くと焼きだんごの匂いがする様だなどと云います。
祭気分を盛り上げるには最高の曲と云えます。

六、三番叟
単調な曲で三番叟を踊る時のみつかいます。

七、宮昇殿
此の曲は囃子の曲では独特なもので
雅楽の曲に似ています。
礼をつくすときにつかいますが
正式には、此の曲から囃子を叩き始めるものとされていましたが
今では略されています。
祭の際、他の山車を迎える時に礼をつくす意味で叩きます。
(祭の最中に、山車どおしで技を競うのは
「山車合せ」<一名山車喧嘩>で山車を迎えるのとは意味が違います)



「踊りと曲について」

前記の曲に合わせて次の様な踊りを踊ります。

一、獅子舞
「屋台」の曲で踊ります。
勇ましく踊る姿は獅子の心を充分にあらわしますが
踊りの途中で、玉にじゃれたりして、狛犬の姿もあらわします。
獅子が踊り疲れて寝る場面がありますが
此の時には鎌倉の曲をつかいます。

二、三番叟
「三番叟」の特徴は、大神の鶴の衣装をつけ踊る独特なもので
其の姿は囃子のすばらしさを感じさせます。
「三番叟」の曲で踊る前に
「鎌倉」の曲で舞台に立ち衣装を前後から見せ
さらに
”おおさえや おおさえや
喜びや 喜びや
此の喜びは ほかには やらじと”
と称えてから踊ります。

三、藤 助
「鎌倉」の曲でゆるいテンポで踊りますが
一寸、ひょうきんな踊りで心がなごみます。

四、外 道
「しちょうめ」の曲で踊ります。
大きな顔(面)で踊る姿は一風変わっています。

五、狐
「屋台」の曲で踊ります。
よく知られた踊りで説明は略しますが
途中で「にんば」の曲で踊ることもあります。

六、オカメ・火男・狸・牛太面
等は「にんば」の曲で踊ります。
踊りの途中で「オカメ」が「子守唄」で踊ったり
「数え唄」で「羽子つき」や「手毬つき」を踊ったり
「オカメ」「火男」「奴」等が、「かんかんのう」を踊ったりしますが
これ等は皆「にんば」の曲の中に取り入れて演じます。

(大島和夫)









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