< 三 木 成 夫 語 録 T >
「胎児の世界」−人類の生命記録ー


むかしから「血の繋がり」ということばがある。
お腹のなかで母と子が臍の緒で結ばれたその状態から来たことばであろう。
これは、学問的には、子どもの腸が臍の穴から顔を出して
母親の子宮の壁に吸いついた図柄と見ればいい。
実際はしかし、こうした直接の吸着はない。
そこでは、腸のかわりに血管がのび
臍の緒に導かれて子宮に到達し
その壁のなかの”血の池”に毛細血管の根を下ろす。
母胎の栄養は血液を介して子どもの肉体にまで運ばれるのである。
この関係は、臍の緒が切れて独立してからも変わらない。
あとでも述べるように、母親の血液は「乳汁」となって
こんどは直接、子どもの口から吸いとられ
その血液に変えられて、全身の肉体に送られる。
「血となり肉となる」ということばは
だから、このような血液の本質を見事にとらえた祖先の直感ということになる。
生命の根源に触れるような問題に出くわしたとき
人々はつねにこの”血の世界”を持ち出すのである。


地球上には、アメーバからはじまってヒトまで
まことに多種多様の動物が生息しているが
それらのどのからだにも、感覚ーー運動をつかさどる器官群と
栄養ーー生殖をつかさどる器官群とが識別される。
前者は、居ながらにして自分のからだを養うことのできない動物たちが
いわば窮余の一策として身につけたもので「動物器官」ともよばれる。
これに対して後者は生物本来の営みにたずさわるもので
植物のからだに純粋のかたちで見られるところから「植物器官」ともよばれる。
前者の動物系はまた
からだの壁をつくるので「体壁系」とよばれ
その中枢に”脳”と”神経系”は位する。
後者の植物系はまた
からだの内部に蔵されるので「内臓系」とよばれ
栄養の時期、すなわち食の相では
その中心に”心臓”と”血管系”が位することになる。


近年、とみに加速した「シルクロードの遡行」といい
あるいは、先年、南の島から原始の木船で黒潮の流れをたどった壮挙といい
そうした民族のルーツの爬羅剔抉に関するあらゆる行為は
すべてこの生命記憶の回想を地で行ったものであろう。
もちろん、その意識の有無は、ここではまったく問題とはならない。


わたくしは、こうした人間の行為を「生命的な里帰り」とよんでいる。
それは、おのれの生まれ落ちたその土地を足の裏で確かめようとする
生命に根ざした本能的な行為ともいえるものであるが
この列島の混血は、しかし、やはり想像を絶するほどに進んでいるのであろう。
ここでは、だから、北方でも南方でも
あるいはその双方でも、どちらでもいい。
このからだのなかで、ときに古代の血が騒ぎはじめ
あたかもそれにひき寄せられるように、どこまでも出かけていく。
ただ、それだけのことだはなかろうか。


考えてみれば、わたしたち人間も同じではないか。
人々はめいめいに里に帰る。
成人して結婚の式を挙げるときは、男性の里へ向かって二人で旅立つ。
初産を迎えるときは、女性の里へ二人で向かう。
サケと同じ「いのちの行為」ではないか。
「民族の里帰り」も、そのこころは、やはりこれと同じものであろう。
そこでは、目に見えぬ世代交替の大きなうねりに乗って
大河のごとき巡礼の旅が営まれるのだ。
たとえそれが、あの血塗られたサケの遡行のかたちをとることになろうとも。
その禊ぎによって初めて民族の「命」が「革(アラタ)マル」のでなはなかろうか。


最近、赤ん坊の哺育に
みずからの乳ではなくウシの乳を用いることが多い。
古代からの「ミルク文化」とはその質を異にしたこの「ミルク哺育」の世界は
だからウシが「乳母」ということになる。
それは文化諸国に見られる哺育上のある革命的な出来事であるが
思えば、このことは
それらの国々の女性の乳腺組織にすでに退行の足音が
忍び寄っていることを物語るものであろう。
その胸に盛り上がる双つの半球は
したがって”母性の形象”を死守する
乳腺ならぬ脂肪組織の最後の蜂起というものか。
そこに何か美容のための授乳拒否があるとすれば
ここには自然誌的な悲劇の翳りがただようことになろう。


”母乳の味”
母親のふところに抱かれ、豊かな膨らみに顔をうずめて
来る日も来る日も無心にすいつづけた
あの「オチチの味」は、では、いったいどんな味だったか?
あらたまってそういわれても
それはとても思い出せるものではなかろう。
たとえ、乳脂による粘膜の塗装がなかったとしても。
こうしたものは、年とともに遠い思い出のかなたに消え去るというのが自然ではないか。
故郷を足で確かめるように
むかしの味を懐かしむといった話は聞いたことがない。
仮に性の愛撫がかつての哺乳ビンのゴムの代償行為だとしても
それはあくまでもひとつのまぼろしにすぎないものであろう。



しかし、その液体はこちらにやって来た瞬間に
完全に消しとんでしまう。それは一瞬の転換だった。
かすかに体温より低いものが口の中にスーッと流れ込んでくる。
そこには、予想していた味もなければ匂いもない。
それでいて、からだの原形質に溶け込んでいくような不思議な感触がある。
いったい、どうしてこんな液体がこの世に存在するのか・・・


動物の哺乳には
指折り数えると二億年になんなんとする自然誌が知られている。
それは、脊椎動物の自然誌に見られる最も新しい
そしてこころ温まる情景の一つであろう。
そこでいま、古生物学の教えるこの五億年にわたる脊椎動物誌をひもとくと
そこには能の「序・破・急」を思わせる大きな三段階がまず識別される。
最初の「」は
古生代の”魚類の時代”をさす。
太古の海に姿を現した原初にそれは
魚と違って、手足の鰭がなく
ものを噛む顎がないので「無顎類」とよばれ
その開きっぱなしの口から「円口類」とも名づけられる。
今日のヤツメウナギの遠い祖先と見なされる。
この原始脊椎動物は一億年の歳月をかけてほんものの顎と胸腹の鰭をもった
魚類に進化をとげるのであるが
やがてこの古生代も終わりに近づくころ
このあるものが水にも陸にも適応した「両生類」に変わる。
これが次節で述べる「脊椎動物の上陸」の物語で
本編のあちこちに出てくる脊椎動物誌の最も劇的な部分を構成する。
つづく「」は
中生代の”爬虫類の時代”をさす。
すでに古生代の終わりから現れた「古代緑地」は
最初のシダ植物からイチョウ・針葉樹の裸子植物に衣更えしているが
その鬱蒼たる大樹林の四季温暖の沃地には
恐竜がわが世の春を謳歌していたであろう。
それは脊椎動物誌における最も安定した
いわば「クラシック」とよべる時代であったと思われる。
終わりの「」は
新生代の、ここで問題にしている”哺乳類の時代”をさす。
かれらはすでに中生代初期から恐竜社会の片すみで細々と生きてきたといわれるが
やがて中生代の崩壊とともに爬虫類にかわって一挙に主役にのし上がり
爆発的な興隆をとげることになる。
この新生代の到来にともなう新旧交替のドラマは
アルプス造山運動の巨大な地殻変動によってその幕が切って落とされたという。


マ行の音「マ・ミ・ム・メ・モ」は、一般に「唇音」とよばれる。
唇なしには出てこないからだ。
したがってこれは、哺乳動物の象徴音ということにもなる。
ネコの「ミャー」、ヒツジの「メエー」、ウシの「モオー」とともに
人間の赤ん坊の原始の音声が「ンマンマ」であることは万国共通であろう。


哺乳動物の口腔粘膜は
こうして二億年の歳月の積み重ねのあいだに
母乳の味をいのちの底から味わい尽くし
その欲求を種ごとの唇音に託して表現しつづけて来た。
そして人類は、この音を一つの軸として、その豊かな心と
そしてその強烈な自我とをしだいしだいに
目ざめさせてきたのではないかと思われる。


母乳の味。
これはもはや味として客観的にとらえられるものではない。
すでに述べたように
それは口中の唾液のように体液そのものである。
あよそ味覚の対象となりうるものではない。
だから、いわゆるふつうの食べものの味としてこれに対するとき
そこには、およそ場違いの世界を見ることになろう。
それはすでに人間のからだの中で完全に
”肉化”され尽くしたものと思って差し支えなかろう。
上述のように、乳汁の起源は哺乳類のそれとともに古く
あるいは中生代の初頭にまでさかのぼることができるのかもしれない。
当時の爬虫類的な哺乳類には、たぶん唇はなかったであろう。
かれらは、だから唇で吸うのではなく
母親の分泌した乳汁を舌でなめとる
カモニハシの方法をとりつづけていたにちがいない。
こうして中生代が過ぎ、やがて新生代に入って初めて唇のよる吸引となり
今日に至ったのであるが
それは、稲作民族はおろか人類の自然誌を
さらには霊長類の自然誌をはるかに超えた二億年に及ぶ物語となる。
その間にかれらの口腔粘膜は
もはやその味を”生命的”に記憶し尽くしたのであろう。
記憶とは、本来、このように生命的なもので
人間のいわば意識的な次元をはるかに超えたものでなければならない。
わたしたちは、こうした記憶の本質を踏まえたうえでの
いわば一つのこころ入れとして「生命記憶」のことばを用いるのだが
ここではまず、この象形文字の意味するものについてふりかえってみよう。
「記憶」とは「憶を記す」であるが
この「憶」は「言中也」と『説文解字』のあるように
いわば、寒くも暑くもない
あるいは、空腹でも満腹でもない
そういった過不足ない状態を象るものといわれる。
ここでは、温度や胃袋の存在そのものが忘れ去られているのであるが
ここでわたしたちの日常をふりかえってみると
じつは一日の大半をほとんど無意識のうちに
この状態で過ごしていることがうかがわれる。
という以前に
すでに肉体のほうがひとりでにそう動いている
ともいうことができる。


わたしたちのからだを構成する六十兆といわれるどの細胞の原形質もすべて
この三十億年になんなんとする”憶の日記帳”を大切に保管していることになる。
近代の分子生物学は、この日記帳の所在を
細胞核の金庫の置くに蔵された
あの蛋白分子の二重の渦巻き文様のなかに求めたのであった。
それは、最初のロゼッタストーンの不可解な文字のように
人々の前に立ちはだかったのであるが
やがて近代装備による懸命の解読によってその一端が姿を現すや
世界の頭脳は興奮する。
それもこれも、考えてみれば、行き着く先は
この「憶」の生物学的解明と
その実用化にほかならなかったのである。


そこには現代の医学がすっぽりとおさまるほどの問題が含まれているのだが
そのときはもちろん、そんなことを考える余裕はない。
そして次の瞬間
部屋いっぱいにみなぎる生命誕生の緊迫した
雰囲気にたちまちにして飲み込まれてしまう。
妊婦の肝の底から湧き上がる音声
そしてそれに和する産婆の声・・・
それは、能舞台のシテのこころを底で支える地謡の和声の世界だ。
もはや部屋全体が巨大な内臓と化して深く息づく。
初めて肌で味わう、ひとつの空気であった。
そこには、周囲の病棟とは隔絶された
ひとつの生命空間があった。


東洋医学とはいったい何か。
それは一言でいえば、細菌と共存する世界のようだ。


「妊娠は病気か?」という厳しい質問と合わせて
本来、出産という肉体の営みが
受胎と同様に「医」の世界から離れたものであることを
あらためて知る必要があるのではないかと思う。
さて、産室の空気は
もうぎりぎりの極限に近づきかかっていた。
さきほど、「部屋全体が巨大な内臓と化して・・・」と表現したが
わたしたちはもう子宮の大きなうねりに
完全に巻き込まれていたのであろう。
まさしく潮が一刻一刻と満ちてくる光景だった。


羊水は「古代海水」であるという一つの信念に似たものが
いつの間にか自分のからだいっぱいを占めるようになったのも
この産泊の一夜の出来事からであった。
それは、いまから振り返って見れば
あの椰子の実以前に起こった生命的な回想の
おそらく唯一無二の出来事ではなかったかと思っている。


胎児は、親指の先ほどの大きさになると、舌の輪郭が定まってくる
それは受胎二ヶ月の半ばのころか。
もう神経はできているだろう。
だから、そこでは感覚も運動も可能なはずだ。
これが三ヶ月には入ると、一人前に舌なめずりをおこない
舌づつみを打ちはじめるという。
身長は四センチで三頭身といったところだが
このころからかれは、この液体の味見に明け暮れる。
というより、そこでは顔も頭も口も鼻もどこもかしこも
”羊水漬け”で、それ以上どうしようもないのだから・・・


こうして見てくると
母親のお腹のなかで羊水に漬かった胎児が
その小さな肺でもって羊水呼吸を営むという図柄は
何かあの太古の海の鰓呼吸を思わせるものがありはしないか。
それは実際にそうなのだ。
あの脊椎動物の上座のとき
かれらはその古代の海水を「いのちの水」として持って上がったのだ。
からだのすべての細胞をその体液にひたしながら。
それは「血潮」のことばに如実に表現されているではないか。





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